最高エネルギーで最極微の世界に挑戦するLHC計画:その2

〜 標準モデルの謎:ヒッグス粒子を探す〜
2005.5.20 updated by T. Kondo
クォークとレプトンと標準モデル
物質を細かくしていくと、クォークとレプトンの12種類の粒子にたどり着きます。それらの粒子の間では ゲージ粒子(グルーオン・光子・W/Z粒子)が交換されて力が生じています(図1)。この世界では "標準モデル"と呼ぶ理論が存在し、それから外れた現象はまだ一つも見つかっていません。しかし 標準モデルに無くてはならない"ヒッグス粒子"はまだ見つかっていません。

重いW/Z粒子の謎を解いたヒッグス場
力を媒介するゲージ粒子は重さ(=質量)が厳密にゼロであるという規則(ゲージ不変性)が あります。WとZ粒子が陽子の約100倍の質量であることは大きな謎でした。悩んだ末、 ワインバーグやサラムら理論家たちは「(自発的にゲージ対称性が破れてその結果) ヒッグス場があるはずだ」と結論しました。WとZ粒子はヒッグス場の抵抗を受けて動きが 鈍り質量があるように振舞います。このヒッグス場を質量の起源とする標準モデルは、 1970年代に多くの実験によって実証されました。

ヒッグス粒子は存在し、発見の競争が始まっている
ヒッグス場があるとヒッグス粒子があるはずです。その性質は標準モデルを使えば計算でき、 右表はヒッグス粒子の質量を1400億と2000億電子ボルトとした時の性質です。ヒッグス粒子の 質量だけは標準モデルでは計算できませんが、ヒントはあります。LEP加速器(CERN)で 見つからなかったので、ヒッグス粒子は1140億電子ボルトよりは重いはずです。さらに 理論的には1兆電子ボルトよりは軽いと予言されています。従ってヒッグス粒子は、現存の加速器か 建設/計画中の新しい加速器で、人工的に発生させ発見できると期待されています。

陽子反陽子コライダーテバトロン(米国Fermilab)稼動中
陽子陽子コライダーLHC(スイスCERN)建設中
電子陽電子リニアーコライダーILC技術開発中
の3種の加速器のどれか、または全てでヒッグス粒子は見つかるはずです。ヒッグス粒子の 発見とその性質の詳しい研究は、標準モデルの確認のみならずより深い素粒子の真理への 出発点となるでしょう。

より深い真理の探求へ
実はより深い真理への手がかりが既にあります。標準モデルの3つの力の強さはエネルギーと 共に変化し1025電子ボルトで1点に交わることがわかりました(図2)。 3つの力は元は一つの力から分かれたとする大統一理論(GUTS)の予言と合います。
 また標準モデルの最重要パラメ-ターであるワインバーグ角度(W±粒子の 兄弟のW0粒子が光の親のB粒子と混ざってZ粒子と光に変わる度合いを示す)が LEP加速器などで1990年代に精密に測られた結果、

sin2θW= 0.23149±0.00017(実験値)
0.2309(大統一理論の予言値)
と0.2%の精度で実験と予言が一致していることが判明しました。
 3つの力が一点で交わることも、ワインバーグ角度の予言と実験の一致も、 超対称性理論(SUSY:スピンが整数の粒子と半整数の粒子の対称性)が予言する 超対称性(SUSY)粒子が1兆電子ボルトの付近に存在すると仮定しています。 このことからLHCの実験でSUSY粒子が続々と見つかると期待されています。 宇宙に存在すると言われている暗黒物質もこのSUSY粒子が有力候補です。 これから数年の間にLHCでの実験を通じて新しい素粒子物理の発見や展開が 始まるとの期待が高まっています。

次回は、ヒッグス粒子やSUSY粒子の発見をめざして 建設が進むLHC計画の現状をお伝えします。

※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ
  • アトラス日本グループの写真集
  • KEK優しい物理教室:素粒子の世界:ヒッグス粒子と質量
  • →LHCが切り拓く21世紀の素粒子物理(pdf)
  • →Electroweak Model and constraints on New Physics(専門的) (pdf)
  • 図1:標準モデルの世界。 物質は6種類のクォークと6種類のレプトンからなり、ゲージ粒子を交換して3種 の力が引き起こされる。ヒッグス粒子のみが発見されていない。拡大図
     
    表:標準ヒッグス粒子(H)の性質

    陽子の150 倍213 倍
    電子ボルト140×109200×109
    LHCでの発生頻度190万個/年110万個/年
    LCでの発生頻度1万2千個/年8千個/年 



    H→b+b37 %0.02 %
    H→τ+τ4.5 %0.3 %
    H→γ+γ0.3 %0 %
    H→Z+Z 6 %27 %
    H→W+W46 %72 %
    図2:3つの力の強さ(α1, α2, α3)はエネルギーと共に変わる。超対称性(SUSY)粒子が1012電子ボルト付近に存在すれば、赤線が示すように3つの力は1025電子ボルト付近で一点に交わり、大統一理論の予言と合っている。拡大図