ATLAS実験は、スイスのジュネーブ市郊外、スイスとフランスの国境に位置するCERN(欧州合同原子核研究機構)で行なわれている国際共同実験のひとつです。世界最高の衝突エネルギーを誇る円形加速器LHC(大型ハドロン衝突型加速器)で宇宙誕生直後の世界を再現し、そこからヒッグス粒子やダークマターそしてそれらに関連する新粒子の研究を、直径22メートル、長さ43メートル、総重量7000トンという巨大なATLAS検出器を使って行っています。1995 年に日本政府が LHC 計画に参加協力することを決定したことに伴い、加速器建設や物理実験に日本の大学や研究所、また企業などが様々な形で参加、貢献してきました。
LHC加速器の建設では、KEKはLHC にある四つのビーム衝突点の直前に設置 されるビーム最終収束四極磁石のうち,16 台(全数 32 台の 半分)の開発を担当しました。ATLAS検出器の建設に対しては、SemiConductor Tracker(SCT)、ソ レノイドマグネット、Thin Gap Chamber (TGC)、Monitored Drift Tube (MDT) 用 TDC チッ プなどさまざまなハードウェアや、シミュレーションやトリガーなどのソフトウェアなど多岐にわたって貢献しました。SCTでは、バレルモジュール用のハイブリッド回路基板を日本で設計し、 2000 年から 2005 年にかけて 2600 台(必要数 2112 台と予備)を量産 しました。また、日本製のモジュール 860 台(全数 2112 台)をシリンダーに取付けしました。超伝導ソレノイド電磁石は設計から製造・検査まで100%日本が担当しました。TGCは1999 年より生産のための試作を開始し、2001 年から約 1200 台の TGC を量産しました。また,総チャンネル数 32 万,4 種類の ASIC の開発, 30 種類にも及ぶ回路モジュールの開発・製造も行いました。
現在のLHC実験は2024年まで続けられますが、その後さらに陽子・陽子の衝突頻度を大きく高めた高輝度のHL-LHC加速器も計画されています。このHL-LHC加速器では日本グループはD1マグネットの開発を担当しています。ATLAS検出器も加速器の高輝度化に耐えうるようアップグレードが計画されており、そのうち日本グループは内部飛跡検出器とミュー粒子トリガー検出器のアップグレードを中心的な立場で取り組んでいます。内部飛跡検出器はすべて半導体検出器に置き換え、より精度高く飛跡を分離できるようにします。ミュー粒子トリガー検出器はトリガー回路をすべてハイグレードなものに置き換え、HL-LHCで予想されている膨大なデータを高速かつ高効率で処理できるようにします。これらのアップグレードを携え、HL-LHC加速器とATLAS実験はさらに広い質量領域での新粒子探索を続けていきます。