研究概要

これまでにわかってきた素粒子像

私たちの住む宇宙は 何からできていてどのようにして作られてきたのか?約百年前の量子力学と相対性理論の発見以来、素粒子物理学は大きく発展して「標準模型」として確立しました。「標準模型」では、クォークとレプトンと呼ばれる物質を構成する素粒子と、その間に働く電磁気力、弱い力、強い力を媒介する素粒子、そしてそれら素粒子に質量を与えるヒッグス粒子で構成されています。私たちが進めてきたLHC実験では2012年にそのヒッグス粒子を発見し、これにより「標準模型」が完成しました。ヒッグス粒子の発見により「標準模型」の電磁気力と弱い力の統一的理解も実験的に立証したことになります。

素粒子物理学の一大目標:「力の統一」に向けて

一方で、発見されたヒッグス粒子の質量をうまく説明できなかったり、6桁も違う素粒子同士の質量をこのヒッグス粒子ひとつで説明するには不自然であるなど、「標準模型」には問題があることが知られています。また、宇宙には「標準模型」が記述している素粒子では説明できない大量の物質「ダークマター(暗黒物質)」があることが分かっています。これらは、電磁気力、弱い力、強い力の3つを統一的に理解する「力の大統一」、または重力までも統一する「超統一」により説明できるものだと考えられています。その実現にはまず、「標準模型」には無い超対称性粒子などの新しい素粒子の存在が必須です。ATLAS実験では、LHC加速器の高エネルギー陽子ビームを使ってビッグバン直後の宇宙を再現し、そこから新しい素粒子を観測しようとしています。

LHC加速器

LHCは陽子と陽子を衝突させる世界最大の円形加速器で、周長は27キロメートルにも及びます。2009年から運転が始まり、2012年に、「標準模型」で唯一未発見であったヒッグス粒子を発見しました。2015年に初めて、衝突エネルギーが世界最高の13TeVに達し、「標準模型」を超える新しい粒子の発見を目指しています。この加速器で行っている実験は主に四つあり、そのうちの二つがATLAS実験とCMS実験で、高エネルギー陽子・陽子衝突を用いてヒッグス粒子や未知の新現象をとらえることを目的としています。

ATLAS検出器

ATLAS検出器は直径22メートル、長さ43メートルの巨大な円筒形を横に倒した形で設置されており、重さは7000トンあります。その中心に陽子の衝突点があり、加速した陽子ビームの通り道が円筒の中心を突き刺すような形になっています。陽子ビームが高エネルギーで衝突するとヒッグス粒子や超対称性粒子などの重たい素粒子が生成されます。しかしそれらはとても不安定なため、すぐに別の安定した粒子に崩壊していきます。ATLAS検出器ではそれら安定な粒子である電子、μ粒子、光子、陽子、中性子などを検出し、運動量とエネルギーを精密に測定します。それらの情報を総合的に計算することによって、陽子ビーム衝突時にどんな反応が起きていたかを知ることができます。実験には、世界中から約3000 人の研究者が参加しています。

日本の貢献

1995年6月23日、当時の文部大臣である与謝野馨氏がCERN理事会に出席し日本によるLHC建設協力を表明しました。CERN非加盟国としては最初の表明であり、後に国際共同研究が発展していく先駆けとなりました。その後も日本は資金協力を行い、総計138.5億円の建設協力を行いました。LHC建設には日本の企業からも多くの貢献がなされ、超伝導ケーブル、双極電磁石の特殊ステンレス材、収束用超伝導四極電磁石、電磁石用非磁性鋼材、電磁石用ポリイミド絶縁テープ、低温ヘリウムコンプレッサーなどに貢献しています。

ATLAS検出器の建設でも日本は大きな貢献をしてきました。強力な磁力を発生させ内部飛跡検出器で荷電粒子の運動量測定を可能にするソレノイド超伝導磁石、そしてその内部飛跡検出器の中で要となるシリコン飛跡検出器SCT(SemiConductor Tracker)、ATLAS 検出器の最外層に位置する高速応答型のミュー粒子トリガー検出器TGC(Thin Gap Chamber)です。これらの検出器は日本が中心となって建設と運用を行っています。 また、日本の企業も検出器の建設には多大な貢献をしています。さらに、陽子陽子衝突による膨大なデータを解析する上で不可欠となる計算機資源でも日本は大きな貢献を果たしてきました。そして、加速器、検出器、計算機のハードウェアの貢献を土台にして、大学院生と若手研究者が中心となって物理解析を強力に進め、ヒッグス粒子の発見に代表される学術的意義の極めて高い成果の創出を日本グループが主導しています。

高輝度LHC

現在のLHC実験は2024年まで続けられますが、その後さらに陽子・陽子の衝突頻度を大きく高めた高輝度LHC(HL-LHC)実験が2027年から計画されています。HL-LHC実験では、高輝度化のご利益を活かした新粒子の直接探索や、多量なヒッグス粒子反応によるヒッグス場の精密測定を進め、新しい物理の発見を目指します。このHL-LHCプロジェクトの加速器設備について、日本グループはビーム分離用超伝導双極磁石の開発を担当しています。ATLAS検出器も加速器の高輝度化に耐えうるようアップグレードが計画されており、そのうち日本グループは内部飛跡検出器とミュー粒子トリガー検出器のアップグレードを中心的な立場で取り組んでいます。内部飛跡検出器はすべて半導体検出器に置き換え、より精度高く飛跡を分離できるようにします。ミュー粒子トリガー検出器はトリガー回路をすべてハイグレードなものに置き換え、HL-LHCで予想されている膨大なデータを高速かつ高効率で処理できるようにします。2025年からのインストールに向けて、検出器の開発と量産を進めているところです。